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津地方裁判所 昭和37年(ワ)17号 判決 1970年6月11日

原告 摂津造船工業株式会社

被告 三重県

被告補助参加人 大協石油株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用中原告と被告との間に生じた訴訟費用及び参加によりて生じた費用はいずれも原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一、原告

「被告は原告に対し金三、七五八万四、〇〇〇円およびこれに対する昭和三七年五月一七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二原告の主張

一、択一的請求原因第一(損害賠償請求)

(一)  訴外四日市築港株式会社は、以前四日市市内を貫流する海蔵川、三滝川の河口にあたる四日市午起海水浴場地先公有水面二〇万二、四九〇坪(六六万九、三八七平方メートル)について公有水面埋立法(以下埋立法という。)第二条による埋立免許(以下埋立権という。)を有していたが、三重県知事の譲渡許可を受けて右埋立権を訴外浦賀船渠株式会社(以下浦賀ドツクという。)に譲渡した。そこで浦賀ドツクは、戦前右免許区域のうち海蔵川河口南岸に沿う別紙図面<省略>ABCDGFEA点を順次結ぶ直線に囲まれた部分三万七、五八四坪(一二万四、二四四平方メートル)を土砂で埋立てて事実上の陸地(以下本件土砂区域という。)を造成し、その上に鉄骨工場、附属事務所、工員宿舎等延六、〇〇〇余坪(一万九、八三四平方メートル)の建物、海上に突出する一七〇メートルの船台とこれに附属する五〇五メートルの運搬軌道・走行起重機等多数の機械設備を設置して同社四日市造船所を建設稼動して来た。そして終戦後浦賀ドツクは、三重県知事の許可の下に埋立工事の設計を変更し、爾後埋立てるべき公有水面を一三万九、四七三坪(四六万一、〇六六平方メートル)と定め、これを三個に区画し、その一個の竣功期限を昭和二五年六月二四日、残余二個の竣功期限を昭和二六年四月五日と予定したが、その埋立工事に着手しないまま、従つて埋立法第二二条の竣功認可を受けることなく昭和二三年頃操業を廃止して、本件土砂区域や右埋立権を含む同造船所々属財産一切を閉鎖機関産業設備営団(以下営団という。)に対し、既存債務の代物弁済のために譲渡、引渡を了し、同営団は翌二四年六月これを公売に付し、原告は、同年一一月一日営団から代金一、三五〇万円で右財産一切の払下、引渡を受けた。

(二)  しかして原告が買い受けた埋立権(以下本件埋立権という。)の内容は、前記公有水面一三万九、四七三坪(四六万一、〇六六平方メートル)を埋立てる権利と、その埋立完成後本件土砂区域を含む埋立公有水面全部の竣功認可を受ける権利である。

そして本件埋立権の譲受につき三重県知事に譲渡許可を申請する途は存在していたけれども、原告としては、浦賀ドツクが埋立てに着手していない公有水面を自ら埋立完成するだけの実力を有することを保証金提供などによつて同知事に認めてもらわねば譲渡許可は望めないと聞いており、当時それだけの実力を有していなかつたので、譲渡許可を受けるに至らず、従つて本件埋立権は竣功期限までに全区域の竣功ができなかつたため昭和二九年四月五日をもつて失効してしまつた。

(三)  ところが被告は昭和三二年九月一六日参加人から本件土砂区域の贈与を受けたとして、右の土砂の存在する区域を含めた二〇万七、〇〇五坪七合九勺(六八万四、三一六平方メートル)の公有水面について、同年一一月二日付で三重県知事からこれが埋立権(以下新規埋立権という。)を取得し、その後公有水面中本件土砂区域以外の部分の埋立工事を施行して埋立を完成し、昭和三七年二月一六日同知事から右公有水面全部につき竣功認可を得て、同年四月三日その旨を告示した。

そこで四日市市長は、同年五月二六日地方自治法第九条の五に則り、同市内に新たに二〇万七、〇〇五坪七合九勺(六八万四、三一六平方メートル)の土地が生じた旨を同知事に届け出たので、同知事は、同年六月二二日同法施行令第一七九条第一項に則り新土地を区画し、別表<省略>記載のとおり命名、地番設定をした。

(四)  しかして本件土砂区域は、事実上の陸地ではあつたが、竣功認可を受けるまでは民法上不動産たる土地と呼称することができず、法律上は動産と称すべきものである。竣功認可という行政処分によつて公有水面に投入した土砂が土地の所有権となるのであつて、竣功認可がなければ浦賀ドツクたると被告たるとを問わずいかほど公有水面を埋立てても依然として土砂は土砂である。要するに竣功認可なる行政処分によつて土砂という動産所有権が土地という不動産所有権に変るのである。

前記のとおり被告は、原告所有の本件土砂区域(動産)に続けて埋立工事を施行し、被告所有の土砂区域(動産)を造成して両区域を含め一個の竣功認可を受けた結果、原告所有の本件土砂区域は被告所有の右土砂区域とともに土地所有権に変つたのであるから、被告としては本件土砂区域を分割して原告のために土地所有権を移転すべき義務がある。しかして原告が主張する被告の債務なるものは、本件土砂区域の土地が被告名義になつているのを原告名義に移転すべき義務を指称するのである。

(五)  しかして原告は、昭和三五年六月三〇日四日市港湾管理者の長たる三重県知事に対し、第一回陳情書をもつて本件土砂区域は原告の所有であるからこの部分について部分竣功認可の申請をなし、さらに翌三六年一月三一日三重県港湾課長に対し、第二回陳情書、上申書、口上書等をもつて右部分竣功認可申請を撤回する代りに本件土砂区域について新たに埋立権を付与されたいと陳情した(埋立権は前記のとおり失効している。)また同年六月三〇日には被告に対し、原告が本件土砂区域の所有者たることの理由を詳述している。従つて被告としては、本件土砂区域が原告の所有であることは熟知している。

しかるに被告は、本件土砂区域を含む新土地を昭和三七年三月二六日訴外中部電力株式会社(以下中部電力という。)に対し、その後同年七月七日被告補助参加人に対し二回に分けて売却し、かつ中部電力、被告補助参加人をして同年七月一二日にそれぞれ右買受土地につき所有権保存登記を得せしめ、もつてその責に帰すべき事由により原告に対する前記債務の履行を不能ならしめたから、被告は右債務不履行により原告が被つた損害として本件土砂区域の新土地の価格に相当する金額を賠償すべき義務を負う。

(六)  しかして被告は竣功認可にかかる新土地を売却するにあたつてその単価を中部電力には坪当り一万七、〇〇〇円、参加人には坪当り一万〇、三二二円七〇銭とし、その間に坪当り六、六七七円三〇銭の差を設けた。

以下その原因を考究する。

1 地形上よりみると中部電力の買受部分は東が海に面し、西が在来の陸地に続き、南が参加人の買受部分に接し、北が海蔵川の河口に沿い、参加人の買受部分は東が海に面し、西が在来の陸地に続き、北が中部電力の買受部分に接し、南が三滝川の河口に沿い、双方全く同形で土地利用価値上の差異はない。

2 次に工事費について考えると、本件土砂区域は大部分が被告から中部電力への売地に含まれているから、中部電力の買受部分における海面はそれだけ小面積であつた。

また中部電力の買受部分のうち本件土砂区域の海蔵川沿いの護岸はすでに築造されていたから海蔵川の新規護岸工事の延長はそれだけ短縮されていた。すなわち中部電力の買受部分の坪当りの埋立工事費は参加人の買受部分のそれに比し小額で済んだ筈である。

それにも拘らず被告が参加人への売り値を逆に安くしたのは土地の価値とか工事費の大小によつたのではなく別個の理由によつたものであることは明白である。その理由は、参加人が本件土砂区域を被告に寄附したという無償行為に対する功績に報いるためであることは疑いの余地はない。

被告は二〇万余坪(六六万一、一五六平方メートル)の埋立免許を受けたが、そのうち三万七、五八四坪(一二万四、二四四平方メートル)は原告所有の土砂(動産)たる事実上の陸地であるのを三重県知事が被告を右土砂(動産)の所有者と認めて、右事実上の陸地を便宜上公有水面とみなし、本件土砂区域を含む公有水面の新規埋立権を被告に付与したのであり被告が三重県知事に自らを右土砂の所有者と認めさせることが出来たのは参加人から右土砂の寄附を受けたことに基くのである。そして被告は、真の公有水面(海面)約一七万坪(五六万一、九八二平方メートル)を埋立てただけで二〇万余坪(六六万一、一五六平方メートル)の竣功認可を受け、結局本件土砂区域の土地所有権を無償で取得することができたわけであるが、これは参加人の寄附のお蔭である。

被告が本件土砂区域の土地を被告補助参加人に売り渡すにつき中部電力への売価(単価)よりも安くしたことは一見被告の損失のようにみえるけれども、その損失は本件土砂区域の土地所有権を無償取得した利益によつて補償されておるのであり、換言すれば被告は本件土砂区域の土地のうち一部を中部電力に単価坪当り一万七、〇〇〇円で売却し、残余の部分も参加人に単価坪当り一万七、〇〇〇円で売つたのと同じ結果を収めているのである。

右のようにして被告は三万七、五八四坪(一二万四、二四四平方メートル)の本件土砂区域の土地全部を坪当り一万七、〇〇〇円の一本単価で中部電力と被告補助参加人に分割売却し、代金として六億三、八九二万八、〇〇〇円を取得したものでありそれと同額の損害を原告に与えたものである。

よつて原告は被告に対し右六億三、八九二万八、〇〇〇円の損害額のうち金三、七五八万四、〇〇〇円およびこれに対する前記債務不履行ののちにして本件訴状訂正申立書送達の翌日たる昭和三七年五月一七日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。

二、択一的請求原因第二(不当利得金返還請求)

被告は、法律上の原因なくして、本件土砂区域の土地が前記の如く原告の所有であることを知りながら、悪意でこれを前記の如く中部電力および参加人に売却してその代金を不当に利得し、そのため原告に対し同額の損失を及ぼした。

よつて原告は被告に対し前記六億三、八九二万八、〇〇〇円の不当利得金のうち金三、七五八万四、〇〇〇円およびこれに対する前記不当利得ののちにして本件訴状訂正申立書送達の翌日たる昭和三七年五月一七日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。

三、(一) 被告及び補助参加人の主張事実のうち、訴外昭光不動産株式会社(以下昭光不動産という)がのちに興元不動産株式会社(以下興元不動産という)と改称したこと、被告が新規埋立権に基き本件土砂区域に接続して公有水面の埋立を完成し、その主張日時に公有水面二〇万余坪(六六万一、一五六平方メートル)につき竣功認可を受けたことは認めるが、その余は否認する。

被告及び補助参加人は原告が営団から買い受けた物件中、土地及び本件土砂並びに建物構築物、埋立権等を興元不動産に売り渡したと主張するけれども、原告は興元不動産に対しては一物も売り渡していない。ただ原告は、昭和二五年九月興元不動産との間に、訴外昭光商事株式会社からの借受金六〇〇万円の返済のため興元不動産の仲介で同年一二月一〇日頃までに第三者による一、〇〇〇万円以上の融資を受ける担保として営団からの買受土地(四日市市大字四日市および浜一色にある土地七万八、二三九坪九合九勺)を(二五万八、六四四平方メートル)を一時興元不動産名義に移す旨の契約を結んだことがあるに止まり、本件土砂区域および本件埋立権は登記等名義変更や抵当権設定が不可能であるので右融資の担保に供しなかつた。

また被告及び補助参加人は、興元不動産が昭和二五年一二月二八日原告から本件土砂区域の引渡を受けたと主張するけれども原告はこれを営団から買い受けた昭和二四年一一月一日より昭和三二年一二月末日までの間引続き自主占有して来たから、その間に被告主張の如く興元不動産がこれを占有できる筈がない。

さらに被告及び補助参加人は公有水面は国有であるから海中に土砂を投入して公有水面に附合せしめたときは附合の原則により国有に帰するから浦賀ドツクが埋立工事により公有水面に附合せしめた本件土砂は初めより国有であると主張する。しかしながら公有水面が国有であるとしても埋立権者が適法な埋立権に基いて公有水面に投入した土砂は民法第二四二条の適用をうけることなく、埋立法第三五条の特別規定により投入者がその所有権を失うべき筋合ではなくこれを産業設備営団を経て買受けた原告にその所有権の存在することは争い得ない。被告主張のように右土砂が国有に帰したとすれば、被告が三重県知事からうけた埋立免許も竣功認可も無効である。なぜならば国有となつた本件土砂を公有水面とみなしてこれに埋立免許を国以外の者に与える権限を知事は持つていないからであり従つて埋立免許も竣功認可も当然無効だからである。

(二) 被告及び補助参加人は即時取得の抗弁を主張するが、本件土砂は即時取得の対象とならない。即ち本件土砂はその埋立竣功認可前においては民法上の動産ではあるが民法第一九二条にいう動産ではない。本件土砂は事実上完全な陸地を形成していたもので埋立法上はともかく社会通念上では土地であり不動産と認めらるべきものである。民法第一九二条は真実の所有者を犠牲にして取引の安全を保護する規定であり、その対象物は日常頻繁に取引される動産に限られると解すべきで本件土砂はそれに当らないというべきである。

四、再抗弁

(一)  被告及び補助参加人は、同参加人が本件土砂区域を興元不動産から買い受けた当時、興元不動産の権利を誤信するにつき無過失であつた旨を主張するけれども、原告がこれを営団から買受け直後、被告補助参加人からこれに接して桟橋を築造するにつき便宜を与えられたい旨の申出があり原告がこれに内諾を与えたのに対し被告補助参加人から昭和二四年一一月四日謝意の表明を受けた事実があるほどであるから、同参加人は本件土砂区域が原告の所有に属することを十分了知している。仮に善意であるとしても、同参加人はこれを取得するに当り、原告について照会その他の調査をすれば直ちに真の所有者は原告であることが判明するにもかかわらずこれを怠つて興元不動産から本件土砂区域を買い受けたから、その取得について重大な過失があつた。

よつて被告補助参加人は、本件土砂区域(動産)を即時取得するに由ない。

(二)  さらに被告及び補助参加人は、被告が本件土砂区域を同参加人から買い受けた当時、同参加人の権利を誤信するにつき無過失であつた旨を主張するけれども、被告としてはかつて本件土砂区域が浦賀ドツクより営団に譲渡されたことを知つていたので、興元不動産、被告補助参加人間の売買契約書だけでは参加人の権利を信じ難いため、受贈当時その譲渡経路を調査して原告が営団からの譲受人たることを確認している。仮に善意であるとしても、被告は営団から原告に本件土砂区域の譲渡があつたことを聞知していたにもかかわらず原告についてなんらの照会もなさず漫然参加人を所有者なりと軽信し、これが贈与を受けたのは著しく軽卒であり重大な過失があるというべきである。

よつて被告は、本件土砂区域(動産)を即時取得するに由ない。

第三被告及び補助参加人の答弁並びに主張

一、(一)1 原告主張の請求原因第一の(一)事実中、浦賀ドツクが戦前埋立免許区域たる公有水面の一部について埋立工事を施行したこと、原告が営団からその主張の如き物件の払下を受けたことは認める。

2 同(二)の事実中、原告主張日時に本件埋立権が失効したことは認めるが、その余は否認する。

3 同(三)の事実は認める。但し被告施工の埋立が本件土砂区域以外の部分に限られるとの主張は否認する。

4 同(四)の事実は前段の法律上の主張を認め、その余の事実は否認する。

5 同五の事実中、原告から三重県知事に対し原告主張の如き陳情や折衝が行われたこと、被告が原告主張の各日時にその主張の如く本件土砂区域を含む新土地二〇万余坪(六六万一、一五六平方メートル)を中部電力、参加人に分割売却し、それぞれ主張の如き登記を経たことは認めるが、その余は否認する。

6 同(六)の事実は否認する。

(二)1 原告主張の請求原因第二の事実は否認する。

2 仮に民法第二四八条によつて不当利得返還請求権が発生するとしても、原告が請求しうべき額は附合もしくは混和によつて所有権を喪失した当時における土砂(動産)の価格であると解すべきである。

3 公有水面(その地盤を含む)は国有であるから海中に土砂を投入して公有水面に従として附合せしめたときは、民法第二四二条により、その土砂は当然国有に帰するものであり、本件土砂の所有権は訴外浦賀ドツクが埋立工事によつて公有水面に附合せしめたときに国の所有に帰したものである。

又公有水面埋立法第二四条による土地所有権は「埋立の免許を受けたる者」のみに対して与えられるものであり、免許権者以外の者が直接に土地所有権を取得するいわれのないことは法文上明白であるばかりでなく、右埋立免許権者の土地所有権取得は、その当然の性質上、原始取得であるから原告が被告所有土地の一部について竣功認可と同時に独立別個の所有権を取得するようなことは全くありえない。

二、抗弁

(一)  訴外昭光不動産は、昭和二五年九月末頃その代理人佐々木雅敏を介して原告から営団よりの払下物件中土地。本件土砂区域(動産)本件埋立権・建物・構築物等を代金九八五万円後日これを転売したときには適当な利益を分配する約の下に買い受け、興元不動産(昭光不動産の改称)は同年一二月二八日右土地につき所有権移転登記を受けるとともに、本件土砂区域等買受物件全部の引渡を受けた。さらに興元不動産は、昭和三〇年一二月二三日右土地の一部、本件埋立権、本件土砂区域を被告補助参加人に売り渡し、被告は昭和三二年九月一三日被告補助参加人からこれらの贈与を受けて本件土砂区域(動産)の所有権を取得し、原告はその所有権を喪失したから、これを前提とする原告の各請求は失当である。

(二)  仮に本件土砂区域(動産)が興元不動産の所有でなかつたとしても、被告補助参加人は、右売買契約当時興元不動産の権利を誤信するにつき過失なくして本件土砂区域の占有を開始したから、ここに被告補助参加人は本件土砂区域(動産)の所有権を即時取得し、被告は被告補助参加人からこれが贈与を受けたものである。

(三)  仮に本件土砂区域(動産)が被告補助参加人の所有でなかつたとしても、被告は右受贈当時被告補助参加人の権利を誤信するにつき過失なくしてその占有を開始したから、本件土砂区域(動産)の所有権を即時取得し、それによつて原告はその所有権を喪失したから、これを前提とする原告の各請求は失当である。

(四)  仮に本件土砂区域(動産)の所有権が原告に属していたとしても、本件土砂区域約三万坪(九万九、一七三平方メートル)を含む公有水面約二〇万坪(六六万一、一五六平方メートル)について、被告は適法な新規埋立権に基き右約三万坪の上にさらに土砂を積み上げ、かつこれと一体をなして残り約一七万坪(五六万一、九八二平方メートル)に埋立工事を施工し、約二〇万坪(六六万一、一五六平方メートル)をめぐらす一大護岸工事を完成した。その結果、本件土砂区域は、平面的にも立体的にも被告が新たに投入した遥かに大量の土砂に附合もしくは混和し(民法第二四二条ないし第二四五条)原告は被告が竣功認可を受ける以前に(すなわち本件土砂区域が法律上の土地となる以前に)本件土砂区域(動産)の所有権を失つたものと解すべきである。

三、原告主張の再抗弁事実は否認する。

第四証拠<省略>

理由

一、訴外浦賀ドツクが四日市市内を貫流する海蔵川、三滝川の河口にあたる四日市午起海水浴場地先公有水面二〇万二、四九〇坪(六六万九、三八七平方メートル)について埋立法第二条による埋立権を有していたこと、右埋立権に基づき浦賀ドツクは戦前右免許区域のうち海蔵川河口南岸に沿う別紙図面A、B、C、D、G、F、E、A点を順次結ぶ直線に囲まれた部分三万七、五八四坪(一二万四、二四四平方メートル)を土砂で埋立てて本件土砂区域を造成したこと、原告が昭和二四年一一月一日営団から本件土砂区域や右埋立権を含む浦賀ドツク四日市造船所々属財産一切の払下を受けたこと、右埋立権は竣工期限までに埋立をしなかつたため昭和二九年四月五日限り失効したこと、被告が昭和三二年九月一六日頃被告補助参加人から本件土砂区域の贈与を受けたとして本件土砂区域を含む二〇万七、〇〇五坪七合九勺(六八万四、三一六平方メートル)の公有水面について三重県知事から新規埋立権を得て埋立工事を施行して埋立を完成し、同三七年二月一六日同知事から竣功認可を得て同年四月三日その旨の告示のなされたこと、三重県知事は四日市市長からの地方自治法第九条の五に基く届出により同年六月二二日同法施行令第一七九条第一項に則り新土地を区画し、別表記載のとおり命名、地番設定をしたこと、被告が昭和三七年三月二六日中部電力に対し、その後同年七月七日参加人に対し二回に分けて本件土砂区域を含む新土地を売却し、同年七月一二日それぞれ右買受土地につき所有権保存登記が経由されていること、以上の事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこでまず訴外浦賀ドツクが本件土砂区域に投入した土砂の所有権の帰すうについて考えてみるに、前叙のように、訴外浦賀ドツクは埋立権に基き土砂を投入したのであるから、その結果投入された本件土砂が公有水面たる海底に附着したとしても、それは訴外浦賀ドツクが権原により附着せしめたものというべきであるし、他方埋立法第三五条は埋立の免許の効力が消滅した場合について、都道府県知事は埋立の免許を受けたる者から原状回復義務免除の申請があつたとき又は知事から催告をしても埋立の免許を受けたる者が原状回復義務免除の申請をしないときには、埋立免許を受けた者がその埋立権に基き投入した土砂等を無償で国の所有に帰せしめることができる旨規定している。従つて埋立法は、埋立権に基き投入された土砂等の所有権は少なくとも埋立の免許が失効するまでは依然として埋立権者に属するものとしてこれを保護しているわけである。このようにみてくると、民法上からもまた埋立法上からも、訴外浦賀ドツクが投入した本件土砂の所有権は、被告及び補助参加人の主張するように、附合によりこれが国に帰したとはいえず依然訴外浦賀ドツクがその所有を有するものというべきである。

三、そこで被告及び補助参加人主張の抗弁(一)について審究する。成立に争いのない甲第二、三号証、同第七号証ないし第一一号証、同第一八号証、乙第三号証、同第六号証の二、同第八号証、丙第一二号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第一九号証の一、証人小林元の証言により成立の認められる丙第一一号証の一ないし四と証人八木金一郎(一部)同中井四郎(一部)同迫水久常の各証言を綜合すると次の事実が認められる。

(一)  原告と営団の特殊清算人閉鎖機関整理委員会(以下単に閉鎖機関と略称する)との間に昭和二四年一一月一日その所有に属する本件土砂区域及び元浦賀ドツク四日市造船所の土地建造物等を代金は一、三五〇万円、その支払方法は契約成立と同時に二〇〇万円(但し入札保証金をもつてこれに充当する。)残額金一、一五〇万円については内金七〇万円を同年一一月一〇日に、同年一一月三〇日、同年一二月三〇日及び同二五年一月二九日に各金二〇二万五、〇〇〇円宛、同二五年二月二八日及び三月三〇日に各金二三六万二、五〇〇円宛支払う、売買代金その他買主が売主に対し負担する一切の義務の履行を終るまで売買物件の所有権は売主に留保する、売買契約成立と同時に売買物件の占有は買主に移転するとの約で売買契約が成立し、原告は同二四年一二月二日閉鎖機関の指図によつて浦賀ドツクから本件土砂区域等右売買物件の引渡を受け、管理をすることになつた。

(二)  しかし原告は閉鎖機関に対する分割弁済金の内金七〇万円を支払つただけで残代金の支払が出来なかつたので、昭和二五年三月三一日付で前記契約は一旦解除されたが、原告において未払代金と利息遅延損害金(日歩二銭七厘)さらに別途負担していた船舶用機関代金等金一八四万六一八円八四銭を同年一〇月末日限り支払うことを基本条件として、同年九月二〇日右両者間に前記売買契約を復活させる旨の契約が締結された(乙第三号証)。

そこで原告はその頃その所有の大阪市大正区平尾町五二番地所在の土地、建物を担保に差し入れて昭光商事株式会社(以下昭光商事と略称する。)から金六〇〇万円を弁済期同年一二月末日の約定で借受けるなどして、ようやく前記復活契約に基づく閉鎖機関に対する売買残代金、利息、遅延損害金債務を完済したが、前記復活契約に基づく閉鎖機関に対する船舶用機関代金等合計金一八四万六一八円八四銭の債務の弁済まではできなかつたので、買受け物件中の不動産については所有権移転登記が出来なかつた。

(三)  原告会社代表取締役永田章は昭和二五年一一月末ごろ前記借用金返済の猶予を求めるため昭光商事を訪ねたが、小林元社長は不在であつて、昭光商事のいわゆる子会社としてその頃設立された昭光不動産株式会社(代表取締役小林元)の監査役兼昭光商事嘱託の訴外佐々木雅敏と昭光不動産の取締役長谷川正三郎が応接に出たので、やむを得ず同人らに対し前記借用金の返済猶予を求めたが確答は得られなかつた。そこで右永田は同年一二月二日改めて昭光商事を訪ねたところ右長谷川、佐々木が再び応待に出て、佐々木が昭光不動産の代理人として「昭光商事が貸与した金六〇〇万円は小林社長が独断で融通したものであるため未回収になつていると一二月中旬に開催される株主総会において小林社長の責任問題が起こるおそれがある。」と言つて(イ)昭光不動産が同年一二月一〇日ごろまでに他より一、〇〇〇万円の融資を受け、これを以つて原告が昭光商事に対し負担している前記六〇〇万円の債務及び閉鎖機関に対する前記一八四万余円の債務弁済に当てること(ロ)昭光不動産が一、〇〇〇万円の融資を受けるために原告は閉鎖機関から買受けた本件土砂区域を含む物件全部を担保に差入れる(ハ)前項の目的を達するため、払下物件中不動産については原告名義に登記が経由された暁には直ちに昭光不動産所有名義にこれを書換えることを許諾することという解決案を提起し、払下不動産の所有名義変更登記申請に必要な原告会社代表取締役名義の白紙委任状を作成交付することを要望し、永田も結局これを承諾し、佐々木が同年一二月中旬の株主総会に間に合わないと大変なことになると即日白紙委任状の交付方を求めたので、永田もやむを得ず同日白紙委任状を作成して佐々木に交付した。しかし、原告としては昭光不動産が原告のために昭光商事や閉鎖機関に対して支払つてくれる金員を弁済するには、払下土地を処分するほかはない事情にあつたため、永田はその弁済期や弁済方法については何等の取り決めもしなかつたのみならず、払下土地の売却事業を両者共同にて経営することを諒として、小林社長が帰り次第その契約書を作成して送付されたい旨申述して昭光商事を辞した。そして同月八日永田は同郷の先輩である訴外迫水久常方を訪ね、佐々木との話合の内容、白紙委任状交付の経緯を詳細に説明して意見を求めたところ、同人から「契約内容を書面にして将来疑点を残さないようにした上で白紙委任状を交付すべきであつた。」と言われたので、後日のために同日付をもつて昭光不動産に対し右の白紙委任状交付の意味及び目的を内容証明郵便で通告した(甲第三号証)。

(四)  昭光不動産から閉鎖機関に対し原告会社の残債務金一八四万余円の支払がなされ、同月二八日に払下物件のうち不動産については原告所有名義に登記も経由されたので、佐々木は早速右の白紙委任状及びその頃までに送付されていた永田の印鑑証明書、資格証明書等を使用して、前同日直ちに右払下不動産につき原告から昭光不動産名義に売買を原因とする所有権移転登記をなし、かつ、閉鎖機関と原告会社間の売買契約書等一切の書類も受領し、本件土砂区域等差入物件を占有するに至つた。しかるに昭光不動産では前記共同経営に関する契約書の作成を放置し、昭和二六年三月に至り共同経営に関する契約書の代りに昭光不動産取締役社長小林元作成の「覚書」と題する書面(甲第一五号証の一、二、)を作成してこれを原告に送付するという挙に出た。

(五)  原告は右書面の内容を検討した結果、白紙委任状交付のときの約定と異つていたのでこれに調印することを拒否し、そして永田は昭光商事の大株主で知人でもある大正火災海上保険株式会社の代表取締役訴外山根春衛にこの事件解決の仲介を依頼したところ、山根から「先方もそう無茶はしないだろう暫く待て」と言われたので当分事態を静観していた。しかし昭和二七年末頃に至り先に昭光不動産所有名義に書換えられた土地のうち一万四、三八七坪六合七勺(四万七、五六二平方メートル)が無断で補助参加人大協石油株式会社に売却処分されたことを知つたので、永田は山根春衛及び訴外中井四郎(原告会社取締役)と共に右土地売却につき小林に抗議した結果、同二八年四月九日山根を介して、佐々木から原告に金二〇〇万円が届けられた。(なお同年二月一五日小林元は昭光不動産の代表取締役を辞任し、同日佐々木が代表取締役に就任し、同年九月一日商号を興元不動産株式会社に変更された。)その後昭和二八年六月ごろ永田はさらに佐々木に対しても原告会社に無断で前記一万四、三〇〇余坪(四万七、二七二平方メートル)の土地を補助参加人大協石油に売却したことを抗議し、その売却代金から先に昭光不動産が閉鎖機関に立替払した一八四万余円と昭光商事に対する債務金六〇〇万円を差引きその残額を清算して原告に交付すること及び残有する土地や本件土砂区域等差入物件全部を返還し、土地については原告名義に所有権移転登記をするよう申し入れたところ、同二八年六月二二日東京日本橋の料亭「ふくべ」で山根春衛立会の下に永田と佐々木が会見した席上において、佐々木は右申入れを一応承諾した。しかし佐々木から「原告に所有名義を変更してもよいが、若し他に売却することになるのであれば、登録税、不動産取得税等多額の負担がかゝり損だ」といわれたので、原告としては興元不動産から右土地の売却に必要な委任状及び印鑑証明書を受領することにして、登記名義の書換え、本件土砂区域の引渡しまではするに至らなかつた。

右認定に反する証人中井四郎の証言により成立を認める甲第一五号証の一、二、及び証人小林元の証言により成立を認める丙第一三号証の三、並びに証人長谷川正三郎、同八木金一郎、同小林元、同中井四郎の証言中右認定に反する部分は前掲証拠に比照し措信出来ず、他に前記認定を動かすに足る証拠はない。

右認定事実によると、原告と昭光不動産との間において契約書等の書面が作成されていないが、前認定のようなその後の経緯をも参酌して考えると、昭和二五年一二月二日昭光不動産の責任において一、〇〇〇万円の融資を受けることになつた際、原告は昭光不動産が本件土砂区域等払下物件をさらに担保として利用することを容認して担保に供したものと認めるのが相当であり、右融資金の返済等については何等明示の取決めがなされた形跡が窺われないところから、原告としてはその承諾の下に本件払下物件中少なくとも昭光不動産名義に移した土地については売却してその返済に当てることは止むを得ないところと思料していたものと推認出来ないでもないが、当初から本件土砂区域を含む払下物件全部を昭光不動産に売却したものとは認められない。(しかもその後昭和二八年六月二二日原告会社と興元不動産との間で前記担保設定契約も合意解約されたものと認められる。)

しかるに、証人中山善郎の証言及び同証言により成立を認められる丙第一、二、三号証及び証人八木金一郎の証言を綜合すると補助参加人は昭和三〇年一二月二三日本件土砂区域を埋立権等と共にその占有者興元不動産から買受けてその占有を承諾取得し、その後同三二年九月一三日本件土砂区域を被告に寄附して引渡したことが認められる。

四、よつて次に被告及び補助参加人の抗弁(二)について判断する。

(一)  原告は、本件土砂区域は事実上完全な陸地を形成していたものであつて、埋立法上はともかく社会通念上は土地であり不動産と認められるべきものであるから、日常頻繁に取引される動産とは異り民法第一九二条の動産には当らないというけれども、当裁判所は本件土砂区域がたとい事実上陸地を形成していたとしても民法第一九二条の動産に含まれるものと考える。なぜならば、埋立のために公有水面に投入された土砂は、埋立権が失効した場合でも埋立法上埋立をした者の所有土砂として保護されていることは先に説明したとおりであるが、それは決して一定の位置における一定のひろがりをもつた有体物としてではなく、自然の公物内に堆積された一定分量の土砂としてのことであるから、言つてみれば地上に山積された土砂と何等の変りもないものであつて、その権利変動の公示方法は引渡であり、その占有をもつて権利表象とみるべきものだからである。(もつとも埋立法第二三条は、埋立の免許を受けたる者は竣功認可前においても埋立地を使用することができる旨規定しており「埋立地」なる文言が用いられているが、この埋立地には物権たる地上権、永小作権、地役権等を設定することはできず、土地に関する民法の規定は適用がないと解されている。)

(二)  ところで、前叙のように補助参加人は昭和三〇年一二月二三日興元不動産から本件土砂区域を買受けて、本件土砂の占有を承継取得したものであるところ、弁論の全趣旨に徴し成立を認める甲第一四号証の一、二、成立に争いのない乙第四号証の一ないし四、同第五号証の一、二、証人吉田千九郎の証書及び弁論の全趣旨に徴し成立を認める乙第六号証の一、三、同第七号証の一ないし三、成立に争いのない丙第八号証の二、証人内谷健治の証言により成立を認める丙第九号証、成立に争いのない丙第一二号証、証人八木金一郎の証言により成立を認める丙第一四号証の一、二、証人八木金一郎、同小林元の各証言の一部、証人吉田千九郎、同内谷健治、同原田嘉康、同中山善郎の各証言を綜合すると、補助参加人は興元不動産から本件土砂区域を買受けるに当り、本件土砂区域が興元不動産の所有するものであつて、所有権者としてこれが処分権を有することに何等の疑いも持つていなかつたことが認められる。

(三)  しかるところ、原告主張の再抗弁については、これを認めるに足る的確な証拠はない。なお参加人が売買に当り原告に照会をしなかつたからと言つても、これをもつて重大な過失があつたとはいえない。

そうだとすれば、補助参加人は本件土砂の所有権を即時取得したものというべきである。

五、してみると、本件土砂が原告の所有に属することを前提とする第一次的請求の損害賠償金請求も、第二次的請求の不当利得金返還請求も理由がないものとして棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤文雄 杉山忠雄 青山高一)

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